2008年12月27日土曜日

白神(1)

12/26(金)

 先日、白神(松前町)に住む叔母のご主人が獲ってきたタコをいただいた。 叔母は、わたしの母(チヨ)の末妹で、いまでは8人兄弟姉妹のうち2人だけとなった。 母は28年前に他界した。 

 ちょうど一年前の12月25日に、『松前古老百話 白神』が発刊された。 昭和45年、二人の学校の先生( A先生とY先生 )が、白神在住の明治生まれの古老の方々を訪ねて、明治から昭和までの白神の生活や文化、にしん漁の様子などを聞き取りしてガリ版製本した冊子を、地元の有志( Nさん )が実行委員会をつくり復刻版として再発刊したものです。 明治時代の白神小学校の様子も詳しく書かれている。 

 邦訳したD.H.ローレンスの『チャタレイ夫人の恋人』が、わいせつ文書にあたると警視庁に摘発を受けて一躍有名になった伊藤 整の父、伊藤昌整さんが日清戦争の後、白神に移り住んで白神小学校の先生をしていたので、古老の語りに白神で生まれたこどもの頃の整の名前もよく出てくる。 整をおんぶして転んで、整の額に大きなたんこぶをつくった話なども。 
 5歳まで白神にいた整は、小樽の塩谷村へ移り、後に小説家、文芸評論家となった。 小樽時代には『蟹工船』の作者の小林多喜二とも交流があった。 

 わたしが大学生の頃、母から ”伊藤 整なら、あのブルースの女王 淡谷のり子を白神に連れて来て、方々案内していたんだよ” と聞かされたことがあった。 遠いむかしのことです ネ