2012年10月18日木曜日

ある看取り

今週の月曜日と今日の二日間で、お二人の看取りをしました。 お二人とも朝の早い時間の旅立ちで、ひとりは百歳を超えており、もうひとりはご住職さまでした。

百歳を超えていらっしゃるKさんは、90歳を過ぎた頃から「わたしはどこにもいかね。 先生のところで逝きたい」と私によく言ってました。 腰が曲がってきてもゲートボール協会に入会していて、大会があるといっつも声がかかるとグチをこぼしていたが、その実はとっても嬉しかったようで、いつもニコニコした笑顔で話していたのを想い出します。

ほんとうに笑った時の顔は皺だらけですが、とても良い雰囲気をもっていた人でした。お通夜に集まったファミリーは70名に若干及ばない人数だと言いますから驚きです。 子どもだけでも10人ですから、何となく想像はできますが・・・。 

二年程前に、私の診察室のTVモニターの机のところに、ひ孫さんが夕刊新聞の写真の投稿欄に送ったという「笑顔の写真を置いておきましたから、見覚えのある患者さんもいるんではないでしょうか? 大往生でした ネ

2012年10月10日水曜日

オリンピックの日

48年前の今日は、東京オリンピック開会式が行われた日だったと思います。
私は、中学生になっていて、記憶では白黒のテレビ画面を学校で観たと想っている。 勘違いでなければだが・・・。

その記念日に合わせるように、今日は私にとっても”ある記念になる出来事”が行なわれた日でもあるんです。 

今日はまた私の父の月命日でもあった。 月日の経つのはとても速く、ベット上にいた7年間よりももっと月日が経ったと思う・・・。 

そう言えば、昨年の出来事で、いつかは判らないが父の運転免許証(バイク)が何かのゴミと一緒に海に流されたことがあり、それが海流に乗って青森の八戸の海で拾われ、八戸警察署を介して私の本家(福島町)に届けられるということがあった。 海流のせいと言えばそれまでだが自宅に届けられたということが何らかの不思議な力が働いた結果ではないかと深く感じてしまったものです。

永く在宅療養をさせた(?)のは、ひょっとして私のせいかしらと思う時もあり、医療とは?介護とは?何だと真剣に考えることもあった。 だから、いろんな意味でその経験を活かして貢献しなければならない分野の仕事があると考えるようにもなったという次第なんです ヨ