2009年8月31日月曜日

リベンジ (海峡横断水泳)

8/31(月)
 昨夜は、この小さな町にも大きなイベントの嵐が吹き込み、今までにないくらいの人出でにぎわった夕べでした。  民放局の番組ながら、長寿のチャリティー特番で、しかもその企画が「リベンジ」ものとあっては、おおいに盛り上がろうというものです。  
 潮の流れの速い海峡の『リレー横断水泳』で、しかも有名タレントも参加してるので、今か今かと到着を待ちわびる人々で静かな海岸はいっぱいだったそうです。
 まずは、津軽海峡横断水泳の成功においをしましょう  ネ

2009年8月29日土曜日

ラシュモア山国立記念公園

8/29(土)
 わたしが中学に入学したばかりの頃の福島中学校では、全校生徒を対象に『映画鑑賞』という催しが行われていました。  ちょうど東京オリンピックが開催されるという年です。  

 町内には当時二軒の映画館があり、そのうちの一軒「銀星座」と言ったと思うが、そこで菊池 寛の『末は博士か大臣か』という映画を観ることになりました。
 フランキー堺が主人公の菊池で、その妻を藤村志保、芥川龍之介を仲谷昇が演じていました。  小説家として作品が世に出るまでには夫婦で大変な苦労をしたが、それでも努力を重ねていくとどんどん仲間にも恵まれ、その結果名作『父帰る』の上演も大ヒットしていったというストーリーだったと記憶してます。  映画鑑賞は、たぶんそのあたりの教育的効果を 狙ったものだろうと、今なら思いますが・・・。 
 
 が、二本立てのもうひとつの映画がヒッチコックの『北北西に進路をとれ』でした。 
当時はヒッチコック監督も知らなかったので、印象に残ったのは岸壁に彫り刻まれた4人のアメリカ大統領の『』だけでした。  わたしにとっては、その『岸壁の顔』の映画が、あとあと記憶の中でよみがえり、後年何らかの機会をつくってはアメリカへ渡り、『4人の岸壁の顔』に会いたい、会うんだということが大目標になっていきました。  
 そしてついに念願の『4人の偉大なるアメリカ大統領の岸壁の顔』に出会えたのは、ちょうど25年前の今日です。  二枚の写真はその時のもので、カメラの日付が証明してくれてます。  その日はとても天気のいい日で、本当に満足のいく一日でした ヨ

2009年8月28日金曜日

ライオンズガバナー公式訪問

8/28(金)
  今年度の 『 ライオンズガバナー公式訪問』が、3ライオンズクラブ合同(松前C,福島C,木古内・知内C)で、松前町で行われました。 
新ガバナーは、函館LCの青木 誼ライオンです。  今年の7月アメリカのミネアポリスでガバナーエレクトが行われたそうです。  挨拶で、その時の模様を詳しく話してくれました。  会員増強が大命題だということです。  
 が、このご時世で会員の増強はなみたいていではありません。  今の会員の維持もおぼつかない現状です。  その席で、わがクラブが創立40周年の記念すべき年に当たっていることをアピール出来たことは収穫でした。  今年は、何かと忙しい一年になりそうです  ネ
 
 

2009年8月25日火曜日

クリームコーヒー

8/25(火)
 今日は、恒例の月間『誕生会』と、給料日でした。

 とっても大きなケーキは、少しクリームが解けがかってましたが・・・美味しい味に、みんなニッコリ笑顔でした。  イチゴとブドーの果物をあしらっていて、そのクリームをコーヒーにフロートするのが、大の楽しみです。

 来月は、わたしの番となります  ヨ



 

2009年8月23日日曜日

健康だより 7号

送信者 オガクリ日記
8/23(日)


今月は、がんの一次予防の“その2”として、緑黄色野菜についての特集です。 

元国立 がんセンター疫学部長の平山 雄さんの論文を引用している『がん予防 安心百科』 (「ふくしま健康横綱応援プロジェクト」で発行している) という冊子から、緑黄色野菜のがんに対する有効性を紹介しています。



ちょうど、町内の絵手紙サークル『なご美会』の会員が描いてくれていた絵手紙があったものですから、まとめてみてサークルの活動も一部紹介しました。



視覚に訴えることは、百篇の文章よりも雄弁かもしれません  ネ

いい天気だね

8/23(日)

 久しぶりのゴルフは、天候にも恵まれて快適にラウンドできました。  今年はシーズン初めから週末が天候不順でカッパを着ることが多かったので、今日の天気に会員一同(福島グリーンクラブ)喜びながらのプレーでした。
 
 ですから、わたしも今シーズン最良のスコアーでホールアウトでき、ひょっとして優勝か(?)と思いきや、アンダープレーヤーがいました。  結局成績は3位でした。  

 結果よりも天候が良かったことと、今年の7月の四町親善ゴルフ大会で当クラブが優勝した後の、はじめての例会だったので、まずはよかったなーと思っています ヨ  

 

2009年8月22日土曜日

地域医療を支えるのは・・・

8/22(土)

かなり以前になるが、道新に むかわ・穂別地区の「むかわ町国保穂別診療所」の全医師辞職の危機が克服されたという特集記事が掲載されていました。  

事の発端は、町が町村合併をしたため、病院を診療所にし、住民への医療サービスの低下が起きないようにする手段として、24時間いつでも診療します ( たしかそのように新聞報道もして診療所をスタートさせたと想い出しますが・・・) と、打ち上げました。

ところが、実際診療を始めてみると、ちょっとした発熱や日中からあった症状なのに「夜」になって診療所を訪れる患者があとをたたないということになったはずです。

時間外受診の多さが表面化したが、「だれも実態を知らなかった」そうです。  医師、住民、行政間のコミュニケーション不足があって、結局医師に負担が加わり疲弊し、医師不足へとつながっていき、医者の辞職争動となったのではないでしょうか?  

地域医療を守るためには、医師に任せきりではダメで、住民が主体的に考え、かかわってゆかないといけないんだと、「穂別診療所友の会」の代表原田幸一さんが述懐しています。



『日経メディカル』8月号に、 47年務めた名医が残した“五戒” 医師不足に翻弄される医師と住民(8/24) と題して、47年間も北海道浜中町の地域医療をただ一人で守ってきた M先生の記事が載っています。   自ら自叙伝を書き、テレビでドラマ化もされたので、多くの人々に感動と勇気を与えてくれました。  M先生は、まれにみるスーパードクターでした。  真似のできるわけがありません。

ですから、その後を継いでいる地元浜中町出身の先生が現在何かと苦労されているようです。

その経緯も同月の雑誌に載っています。  少しこじれかかっているような記事でした。  住民の方々の理解と、歩み寄りが必要ではないでしょうか。  

こうした問題は、一地域の事ではなく、全国で起きている医師不足、地域医療の崩壊危機につながってくるわけで、国の政策として十分な議論をし方向づけをしてほしいものです。


ところで、穂別といえば『田んぼデ何とか…』という映画を住民だけでつくっているんじゃなかったか ナ~  (?)
 

2009年8月21日金曜日

「絵手紙」の神原先生

8/21(金)

先日、『絵手紙の教育力』の論文をまとめられた札幌北高校の神原秀紀先生から、暑中見舞いのハガキをいただきました。 

 先生は、相変わらずエネルギッシュに活躍されているようで、9月に『絵手紙』の話の講演会を行う予定との事も書かれてありました。  

高校生を中心に、『絵手紙』が教育の分野でいかに活用され、いかに効能があるかを研究し続けているというわけです。  先生の研究内容が、もっと広く取り上げられてもいいんではないかと思います。

ガンバッテください  ネ

2009年8月20日木曜日

聖地チベット展とチベット医学

8/20(木)


 お盆の御墓参りに出かけた折、札幌で少し時間ができたので、道立近代美術館へ足を延ばしてみました。  ちょうど、「聖地 チベット」展が開催されていました。  

 中に入るとすぐ、“五つの守り神”のうちどの守り神が今一番その人に合っているかを選ぶ抽選箱が置かれてありました。  一つを引くと、『緑ターラー』という守り神でした。  救われずに残ったいかなる人でも救ってくれるという誠に理想的な女神の守り神を引き当てました。   観音様の涙から生まれた女神だそうです。

 館内の像の置かれた場所で、じっくりと拝観できました。  本当に顔の表情がいいんです。  心が穏やかにさせられました。  



 「チベット医学」と呼ばれる医学が8世紀のチベットで生まれました。  チベット医学上の偉大な人物ユトク・ニンマ・ヨテンゴンポとは、薬師如来の再来と呼ばれるほどの長生きで、125歳の生涯をチベット医学の発展に費やし貢献した医者で、チベットのコンポ地方にチベット医学の学校を設立したそうです。  彼は、インドに3回、ネパールに2回、中国に2回、及びチベットの各地域を訪問して調査を行い、人の性質、人のあり方、体のなりたち、そういったものを熱心に研究し、チベット医学の根本経典で現在もチベット医学を学ぶ上で不可欠となっている「四部医典(ギュ・シ)」を編纂しました。  


 さて、チベット医学の履修年数は何年かわかりますか?  ヨテンゴンボの時代は、15年から20年だったそうです。   いまの西洋医学では卒業まで6年制を取っていますが、実際に臨床で安心して患者さんを診れる医療ができるまでには、やはり10年はかかるでしょうと言われています。


 ですから、昨今の医師不足が解消されるまでには、まだまだ年月がかかるんです  ネ

2009年8月17日月曜日

盆踊り

8/17(月)

 昨夜は、三岳町内会の盆踊りに行ってきました。   ある大型スーパーの駐車場の一部を借りて、6時ごろから踊りが始まりました。   秋に行われる例大祭の時に繰り出される『山車』を踊りのやぐら代わりにして、子供から大人まで浴衣姿の人など様々なスタイルで踊っていました。

 子供の頃ですから、かれこれ30~40年前になるのだろうか。  テレビの無い時代ですから、当時はあちこちの町内会で盆踊りの曲が流れていたものです。  最終日には、仮装しての踊りも行われて、面白かった人たちを審査して順位を決めたりして、けっこう盛り上がっていたことを記憶しています。


 回顧趣味と思われるかもしれませんが、いいもんです ネ

2009年8月16日日曜日

終戦記念日と知覧町

8/16(日)

 道新朝刊8月15日の「卓上四季」は、特攻兵に関しての内容でした。

 鹿児島県南九州市の知覧町に「特攻平和会館」があります。  記者はそこを訪ねて、壁が若者たちの面影で埋まっているのを目にして、圧倒されたそうです。  

 「お母さん 今 俺は征く 母を呼べば 母は山を越えてでも雲の彼方からでも馳せきたる       母はいい 母ほどありがたいものはない」(20歳)。      母への思いは強い。

 「母様 いま何も言うことはありません・・・泣かずによくやったと、仏前にだんごでも供えてください」(19歳)。


 400機以上が、特攻基地になった知覧から飛び立ち、帰らなかった。  道内の兵士13人もそうして戦死したと言います。

 当時は、『国とは、大切な人が暮らす故郷(くに)か、戦争を進める国家(くに)か』 異なった二つを混同させる教育が徹底して行われていたようです。  平和な『今』の日本に感謝し、これからも永続することを願うばかりです。

 かなり以前、特攻隊を扱ったTVドラマ番組が放映されました。  その時の開聞岳をバックに黄色い花が咲き乱れているシーンと、断崖絶壁での別れのシーンが、今も鮮明に脳裏に残っています  ヨ

2009年8月14日金曜日

お盆と祭と花火大会


8/14(金)

 昨日は、予定されていた「やるべ いか祭」が雨のため中止となってしまいました。 


 夜の「花火大会」も勿論中止です。  全国的に減少傾向にある「花火大会」と言われてますが、規模こそ小さいながら毎年続けている夏の『』イベントなのです。  順延ということで、今夜行われます。  町内の多くの商店や事業所、個人などからの協賛・寄付で打ち上げられているのです。

 「いか祭」には、夏合宿をしている九重部屋の力士も毎年参加してくれ、町民との交流を深めてくれています。  わたしの一押し「千代の国」も勿論参加しています。  何年か前には、5人ひとチームで「いそ舟」をあやつり順位を競いあう「舟こぎ競争」というイベントがあって、お相撲さんチームの船は体重オーバーで沈みそうになりながらも好成績を取っていました。

 そんな楽しい夏の催しがあるのですが、家内の実家の墓参りに出かけます。  高速道路を利用するので、ETCの恩恵が得られます。  では、行ってきます  ヨ
(写真は、ライオンズクラブが40周年記念として行った九重部屋の相撲見物とちゃんこ鍋のつどい)

2009年8月13日木曜日

帰省ラッシュと「左ききの日」

8/13(木)


 お盆の帰省ラッシュで、高速道路などがひどく渋滞しているという情報がニュースで流れています。

 高速道路を千円で乗り放題にするという政策によって、お盆の期間ばかりでなく、他の指定された期間なら同様な恩典をドライバーが得ることができるようになりました。  週末家族一緒に車で遠出することで、個人消費がすこしは高まるわけで、経済の活性化にもつながるという期待があります。


 ところが、良い面ばかりだけではないそうです。  フェリー業界にマイナス面が出ていると言います。 橋で行けるところでも、フェリーを使って時間の短縮ができるような場合は、今まではフェリー利用が多かったが、割引制度ができてからは、1000円でどこまででもいけちゃうわけで、フェリーの利用はすっかり減ってしまい、休業や廃業に追い込まれているところもあるそうです。 

 今までは、なんとなくバランスがとれていたんですね。  一方をたてると、他方が潰れるという構図になっていることに一般の国民はあまり頓着がなかったのかも知れません。

 さて、今日は『左ききの日』と言うそうです。  日本人は「右利き」の人が圧倒的におおいが、外国では違います。  日本人の『左きき』の場合は、食事に関して言えば『右手』使いに矯正されることが多いように思いますが、みなさんはどう感じているでしょうか  ?


 ( 左利きの日(ひだりききのひ)は、左利きの生活環境の向上に向けた記念日であり、毎年8月13日がこの記念日。1992年8月13日イギリスにある「Left-Handers Club」により、右利き用だけでない誰もが安全に使える道具を各種メーカーに対して呼びかけることを目的に提唱・制定された。同日は提唱者の誕生日である。)

2009年8月12日水曜日

日本航空123便事故の時

8/12(水)

 1985年の今日は、JAL123便のボーイング747機「ジャンボジェット」が群馬県御巣鷹山の尾根に墜落事故を起こした日です。





 ちょうどその日は、わたしが芦別市立病院へ勤務した初日でした。  お盆をむかえるという時期でしたが、アメリカから帰国し臨床医として仕事をする第一歩を芦別にきめ、早く働きたかったわたしの希望を受け入れての日程でした。

 その日はとても暑い日で、一日の仕事が終わった夕方から病院の医局の先生方が歓迎会を開いてくれました。  市内の日本料理店での会のあと、二次会を「カラオケ店」ではじめて間もなくの8時過ぎ、テレビの臨時ニュースがカラオケテレビの画面に映し出され、びっくり仰天しました。

 翌日からの報道は、単独飛行機事故の被害としては世界一の大惨事となってしまったが、乗員乗客524名のうち4人が奇跡的な生還を遂げた模様を克明につたえてくれました。  事故原因とされた事実のことを考えると、命の重さをいっそう強く感じないわけにはいきません。

 山崎豊子の『沈まぬ太陽』、横山秀夫の『クライマーズ・ハイ』の小説などで、会社内部のこと、航空業界のこと、そして事故発生の第一報から原因究明発表をめぐる報道の在り方など、多方面で「日航機墜落事故」が取り上げられ、多くの読者に読まれています。

 あれからもう25年経つんです  ネ

2009年8月11日火曜日

はり・きゅう・マッサージの日

8/11(火)

 8月9日を、8(はり)9(きゅう)の日と言うそうです。

 新潟から町内の娘さんの嫁ぎ先へ遊びに来ていて、「オガクリ」でちょっと治療を受けた患者さんが、自宅へ戻ってから送ってくれたものです。 

 感謝です。  お元気でお過ごしください ネ



【 はり・きゅう・マッサージの日」(日本)
全日本鍼灸マッサージ師会が、鍼灸マッサージを広く普及させる為に制定。(『日本記念日協会』に2003年11月4日付で記念日登録済み)8(はり)・9(きゅう)の語呂合わせ。 】


 

2009年8月10日月曜日

九重部屋歓迎会


























8/10(月)
 真夏恒例の九重部屋の夏合宿が福島町で
行われています。  連日の朝の猛稽古の様子を何枚かの写真で紹介します。  
 わたしの一押しの力士は、千代の国で、現在 三段目東41 の位置にいます。  先場所6勝1敗と大きく勝ち越したことにより、来場所は幕下昇進が予定されている19歳の若者です。

 額は、当町の「横綱記念館」に掲げられているもので、九重親方が『道と記し、そこに大鵬・北の湖・千代の富士・貴乃花の歴代横綱の手形を押してあります。  千代の国もそうした名横綱になってほしいと応援しているのです。

 あなたも将来の関取発見のウォッチングをしてみません  カ
(朝稽古は、8・6~8・19までです。  歓迎会は町内 番屋 で行われました)

2009年8月8日土曜日

はこだて国際民族芸術祭

8/8(土)

 やっと週末の天候にも恵まれて、「はこだて開港150周年」のイベントが、函館の緑の島をメーン会場に始まりました。  オープニングのセレモニーは大層盛り上がったそうです。

 鎖国政策を続けていた江戸幕府が世界からの要請によって、門戸を開き広く世界と交流していかねばならなくなったという時代、函館にドット西洋の文明が入り込んできたことでしょう。  たとえば医学の分野でも、今の市立函館病院の前進となる病院が建設され西洋医学のスタートをきりました。  


 しかし、一般住民は戸惑ったことのほうが多かったのではないだろうか。 

 そんなことを考えながら、元町公園で行われていた「第2回 国際民族芸術祭」を見物しました。  丁度今回は、今年の開港記念行事に一部組み込まれてますが、今晩の会は芸術祭の独立したフリーステージでした。  リトアニアからの『ゼマイツカス』、ロシアからの『トーント』、そしてイタリアの『ダンゼリーニ・ディ・ルチニコ』など6組の予定のうち3組だけ見ましたが、はじめに司会者の紹介挨拶があるだけで、途中の補足説明など一切ないのです。  

 ですから、演者たちがなにか話していても(もちろん外国語です)チンプンカンプンなんです。  ロシアの『トーント』の時、ひとりが「江差追分」のような節回しで朗々と歌い上げた時は、その堂々とした唄の雰囲気を味わうことができたものの、それ以外はサッパリわかりません。

 一般市民を対象にしているわけですから、何か工夫が必要と感じました。  来年を期待します ネ  

 


 

2009年8月7日金曜日

パートナーの日

8/7(金)
 初めて知ったが、今日は「パートナーの日」と言うそうです。  結婚情報サービスを広く展開している株式会社パートナー・エージェントが今年から制定したもので、パートナーの存在の大切さを多くの人に認識してもらうことが目的だそうです。


 社長の佐藤茂氏は、会社を興してまだ3年未満だが、プロフィールを見ると感心させられます。  特技は、「どんな環境でも前向きになれるモチベーションコントロール」だそうで、日本を背負う若者へのメッセージとしては、「あれこれ色々と考えすぎずに、まずやってみる事、行動することが大事で・・・・・失敗や成功という結果にプラスして、行動したと言う経験と勇気という財産が残るはずです」と
行動することを強調しています。


 まさにその通りですとしか言いようがありません。  当町でも、「婚活」なる流行語に合わせて、パークゴルフによる「婚活」イベントが行われました。  秋には、ワインの夕べやクリスマスと言った催しも企画するそうですから、対象者は楽しみというところです ネ

2009年8月6日木曜日

カサブランカ


8/6(木)

暑中見舞い申し上げます。 
山百合 と 我が家の庭のカサブランカです。

 日本が原産国の『やまゆり』を、ヨーロッパで改良されてできたのがカサブランカだと聞いたことがあります。  

 ですから、白い花が主ですが、ピンクや赤い花のものもあります。  100種類ほども『百合』の仲間があるそうですが、その中でもカサブランカは「女王さま」と言われていて、一番ゴウジャスに見えますね。


山百合は、福島町の町花で、夏の今の時期に見ることができ、いい香りを漂わせてくれています。  一度見に来てみませんか 

2009年8月5日水曜日

みんなの広場

8/5(水)
 「オガクリ」に通院している患者さんは福島町内ばかりではなく、松前町からの方もいらっしゃいます。  
 わたしの母が、松前町白神の生まれなので、“あんたの母さんを知っとるでよ”という患者さんも、開院直後から多くおりました。  たぶんそんな理由からだと思いますが、
ありがたいことだと感謝しております。  
 そうしたことで、松前からの患者さんの『絵手紙』グループ
の方々が、自主的に自分たちの作品を オガクリの廊下の
壁に展示していくようになっています。  右がそれらの作品
群です。  
 なかなかの出来栄えですし、毎月新しいものに交換している
作品を見ていますと、“うでをあげているな~”というものも増
えてきていると患者さん達の中でも評判になっているようです。
 ですから、廊下の壁の一面を『みんなの広場』と名ずけて利用してもらうことにしますから ネ

2009年8月4日火曜日

ビアホールの日

8/4(火)
 
 今年の夏は、からっと暑い日がさっぱりなく、冷夏といってもいいくらいの気候です。  

 でも、夏ですから湿度の高いときは、のどを潤したくなります。    やっぱり夏はビールでしょうか。  


 先日、ゴルフの後、いわゆるノン・アルコールのビールを飲みました。  見た目はビールですが、味はもちろん本物のホップの利いたものとは異なり、「似て非なるもの」で、私はガッカリしたと言うところです。  乗り物の心配のない時に、本物のビールのひとくち目を飲み干す時の感激を大事にしたいものです。  

 さて、今日は「ビアホールの日」というそうです。  1899年 【1899年(明治32)8月4日、東京の京橋区南金六町五番地(現在の銀座8丁目)に日本麦酒醸造株式会社(現在のサッポロビール)によって「恵比寿ビヤホール」が開かれ、初めて「ビヤホール」の名称が使われた】 に制定されたと言います。

 今夜はライオンズクラブの例会があるから、その時仲間とゆっくりビールを楽しみましょう ト
 

2009年8月3日月曜日

全英女子オープン

8/3(月)
 宮里藍の二週連続の優勝の夢の決着は、最終日の17番ホールのティショットを打った時点で決まった。  バンカーに入った一打目をカバーしようとして、無理に二打目を打ち、ラフに入れてしまったから、結局ダブルボギーとしてしまった。

 ゴルフは自分との戦いだという人もいるくらい、感情をコントロールする必要があるスポーツです。  特に優勝が懸かった時などは、相手のスコアも考えながらコントロールショットを打たねばならないのです。  アマチュアは、その辺のコントロールが苦手な人が多く、ずるずると深みにはまってしまい、気がつけば「100たたき」のゴルフをやってしまい、落胆した一日となる事が常です。

 同じ日に行われた、国内男子プロの試合では、17歳の石川遼プロが最終日の最終18番ホールで、同率首位に立っていたB・ジョーンズを一打差で破り、優勝を勝ち取りました。  インタビューのコメントも、17歳とは思えないくらいしっかりしたもので、感心するばかりでした ネ
 
 

2009年8月2日日曜日

札医大同窓会

8/2(日)
 昨日は、札幌医科大学同窓会の道南支部の総会が湯の川の 温泉ホテルで行われました。  同窓会道南支部の会員は現在224名を数え、来年開学60年目を迎える大学だからこその卒業生だと思います。

 総会の後の講演会では、今井学長が講師となり「地域医療と大学連携」と題した講演をしてくれました。 現在日本には745大学があるそうですが、少子化のため定員に満たない大学もあるそうで、大学の経営も難しくなってきているといいます。 
 そうした中でも札医大は、よく健闘しているほうで、文科省の科学研究助成費数を他大学と比べてみると、その数の多さは745大学のうち14番目にあたるそうです。  それだけ大学で研究に従事している先生方のレベルは高く、医療の臨床面ばかりでなく研究の分野でもガンバッテ仕事をしているという事です。  そうした数字は大学のあるレベルの高さを示すもので、優秀な学生が集まる理由にもなっているわけで、いい関連・循環をしていると言えるでしょう。

 大学が地域へ果たす役割は、特に医療に関しては住民にとっても大きな関心事であります。  医科大学としては、「」医者を卒業させるための学生教育(カリキュラム)が最重要で、それと同じく住民に対しての医学・医療面での「教育・情報発信」も欠かすことのできない課題だし、大学でなければできない事もあるものと思います。

 そうした課題は、住民と一番身近に接している「町医者」にも言えることで、日頃から医療情報をこまめに発信し、今の医療の現状を理解してもらわなければならないこともあると思います。

 医療の提供(供給)側と需要側の関係が良好でなければ、「健康的な地域医療」は維持できません。  もちろん救急医療は、その必要性を最も痛感します ネ

2009年8月1日土曜日

葉月

8/1(土)

 今日から、暑い暑い真夏の月が始まると思いきや、今年は雨降りの日々が続き、冷夏ともいわれる年になりそうです。  



 しかし、今年の8月は例年と違って、お盆過ぎに総選挙の公示があり、30日に投票という、まさに熱い暑い夏となりそうです  ネ