2009年1月31日土曜日

院内ギャラリー



1/31(土)

 本日、『オガクリ』の院内に、絵手紙のギャラリーが誕生しました。

 福島町絵手紙の なご美会(熊谷正春代表)のグループのパネルと、松前町の清部郵便局の絵手紙に出展している大沢の花田 富さんの作品です。 院内の廊下が“パット明るく、和やかになった”とは、婦長の弁です。

 絵手紙の効用は、教育の分野ばかりではなく、医療や介護の方面にもありそうです ヨ

 

がんフォーラム


1/30(金)

 福島町は、健康横綱応援プロジェクトの一環として、『第一回福島町 んフォーラム』を2月27日に行います。 今回は、“胃がんに勝つ”をテーマとしています。

 日本人の、およそ2人に1人が がん にかかり、3人に1人が がん で死亡しています。 現在年間約32万人が がん で亡くなっています。 当町でも死亡原因の第一位で、特に男性が胃がんにかかる率が全国に比べて高くなっています。 そこで今回は、胃がんの治療について、函館五稜郭病院の消化器科診療部長の矢和田先生が基調講演を行い、その後数名のパネリストが加わりパネルディスカッションも行うというものです。 

 たくさんの町民が集まってくれるといいです  ネ

2009年1月26日月曜日

静と動




1/25(日)

 平成21年の大相撲初場所は大いに盛り上がり、今日千秋楽をむかえた。

 横綱どうしの本割相撲は、立会いに迷いのあった朝青龍が白鵬にいっきに寄り切られた。 優勝決定戦を待つ間の、両者の控え室の様子が対照的でした。 勝った白鵬は、じっと目をとじてかに髷を結いながら集中しているのに対し、負けた朝青龍は、しきりにいていた。 弟子を相手に立会いや、てっぽうを数回くりかえし、組み手をし、すこしもじっとしていない。 くことでモチベーションを高めているかのようだった。 

 決定戦は、朝青龍が寄り切って勝ち、五場所ぶり、23回目の優勝を飾った。  優勝回数では、大鵬の32回、千代の富士の31回,北の湖の24回についで、史上4番目になる。 インタビューでは、目を濡らしながら、相撲界そして観衆へ感謝の言葉を述べていた。

 動と静、どちらがいいのかは、その時の気持ちになってみなければわからないものでしょう ネ

 

2009年1月25日日曜日

地域医療




1/13(火)

 NHK-TVの『プロフェッショナル』という番組で、福井県おおい町の田名症診療所に勤める医師中村伸一(45歳)さんの地域医療奮戦記をみた。

 彼は、自治医大を卒業後、28歳にして初めて赴任した所が、田名症診療所だった。 数年して大学へ戻るつもりが、あるクモ膜下出血の患者さんの診断のタイミングが少し遅れたために、患者は一時危篤状態に陥ってしまった。 その時、家族から 「誰にでもある。お互い様だから」 という一言をかけられ、そこに残ることを決心したんだそうです。 

 「病ではなく、人を診る」、「その人らしい人生を支える」、そして「いい人生やった」という、その一言のために地域での在宅医療を続けているそうです。 患者は教科書ではなく、先生であると思うとも述べています。

 地方の医師不足解消が叫ばれていますが、こうした医師達によっても支えられているんです ネ

 

2009年1月24日土曜日

モース



1/18(日)

 久しぶりに函館市中央図書館に出かけた。 モースの企画展示が、1F ロビーで行われていた。

 モース博士は、1877年(明治10)の6月17日に初めて横浜に着き、6月19日東京へ向かう途中の汽車の中から大森貝塚を発見したことで有名です。 何という奇跡でしょうか。 6月18日は、彼の38回目の誕生日だった。 発掘は、同年9月16日からおこなわれた。
 彼は、その後北海道にも調査に訪れているが、通訳を兼ねた助手として館(松前)藩出身の種田織三(たねだおりぞう)という人が同行していた。 彼は、モースの協力者として不可欠な存在であったとも言われている。

 種田は、諸藩から推挙された『貢進生(こうしんせい)』の一人として、明治3年に大学南校に入り、同9年に東京開成学校予科をでてから、英語が堪能だったため、モースの助手になった。 『貢進生』という制度は、十五万石以上の大藩は3人、中藩は2名などと、石高に応じて各府藩県から一定数の有能な人材を藩費で大学に差し出させるというものでした。 各藩は、将来を背負う若者を育て上げようと、有能な人材の派遣につとめたわけで、おそらく館藩からは種田ひとりだったろうと思われる。 
 
 種田は、モースが日本を去ったあとは、師範学校や中学校の教師や校長として明治期の英語教育にその名を残しています。 明治初期の郷土の秀才のひとりでしょう ネ 
 (写真は、企画展示のパネルのものです)

2009年1月20日火曜日

新年会


1/17(土)

 渡島医師会の新年医学研修会が函館市内のホテルで行われた。

 市立函館病院の循環器科の M先生が、心房細動と前日発表されたばかりの2009年度版の高血圧のガイドライン(JSH2009)を詳しく、判りやすく解説してくれた講演会でした。 

 心房細動は、心臓の中に小さな血液の塊ができることがあり、それが脳血管や心臓の冠動脈、足の血管に詰ってしまうと、脳梗塞や心筋梗塞、足血管塞栓症などを起こしてしまうという大変怖い病気です。 長島巨人軍監督やサッカーのオシム監督が罹った病気と言えば、わかりますよね。 
 高血圧もよく知られた病気ですが、コントロールすべき血圧の基準値が発表された。病院や家庭での数値に、自由行動中の昼、夜間の数値など、決められました。 今後は、それを参考にして病院の外来診察で指導していくことになります。 「血圧」は、みなさんが気にしている最も良く知られた医学用語ですよね。

 講演会の後、新年会となり、会員の先生方と楽しいひと時を過ごした。 
今年もよろしく ネ

2009年1月15日木曜日

健康だよりー2


1/15(木)

 今日、『オガクリ健康だより』(No-02) を発行します。









 生活習慣を見直す、毎日の健康管理が、その人の寿命を変えていくというコンセプトで記事を書いています。 ヒトの寿命を測る あるアンケート をやってみることで、簡単に自分の寿命の予測が立つということです。 肥満、飲酒、喫煙など見直すべき項目は沢山あります。 いきいき健康生活” と題しています。
 
 シリーズで、 こどもの急病” と、 ガンのはなし” を連載する予定で、今回は“発熱”と、“国民病となったガン”の一回目を書きました。 ガンは、身近な病気になってしまっているが、その正体を知るとともに、早期に発見し、早期治療をすることのできるガンもあることを知って欲しいのです。

 健康だよりは、院内に掲示し、受付でも配布しています。 希望の方には、郵送もいたします。 

 

郵便


1/14(水)

 今日 思いがけない人からの郵便物を受け取った。 とても嬉しかった。

 昨年 11/2 の日付で、『絵手紙ー2』を、日記に書いた。
札幌の高校教師 神原秀紀さんの『絵手紙の教育力』という論文が、宮崎市で行われる日本教科教育学会の全国大会の発表論文のひとつに選ばれたという記事が、道新の “ひと2008” に取り上げらていて、その時はじめて絵手紙のいろいろな効用について知らされた、という内容でした。 
 その神原さんが、オガクリ日記に自分の記事を紹介してくれてありがとう、という手紙とともに、自分の活動が紹介された新聞記事のスクラップのコピーを送ってくれたのです。 

 わたしの日記を読んでくれている人がいるということと、こうした反応が在ったことに少しばかり驚いてます。 と同時に、今後 日記を発表していく上で、しっかりとした心がまえが必要なことも思い知らされた。

 たしかに、絵手紙をはじめてからは、“もの” を “みる” 眼が少しずつ変わってきているような気がします ヨ

 

2009年1月14日水曜日

学会

1/13(火)

 休み気分も抜けて、日常の仕事モードになる。
 福島町は、今のところインフルエンザの発症件数は、他町に比べて少ない。 学校の冬休みが終わったら増えるのだろうか?

 今年の、国内の医学関係学会の日程表をみると、ひとつの学会で百回以上の開催回数を数える学会が11もあります。 普通、毎年一回づつ行われるので、100年以上も続いているということです。 129回の日本薬学会を筆頭に、114回の日本解剖学会、113回の日本眼科学会、112回の日本小児学、110回の日本耳鼻咽喉科学会が、上位ベスト5です。 開催月が一番少ないのは、8月で9回、一番多いのは6月の44回で、7月の39回と続きます。

 初夏の6,7月は旅行に最適な季節ですね。 もちろん研究、勉強のためです ヨ

 (今年 日本で開催される医学関係の学会の数は いくつあると思いますか?)

2009年1月13日火曜日

遠征





1/11(日)

 成人の日のため、二連休となり、有意義な休日となった。
 昨年、雪のためキャンセルとなったゴルフツアーが、二年越しにやっと実現できたのです。

 千葉県のゴルフ場は140以上あり、北海道についで多いそうです。
 昨年、石川 遼が『スリー・ツアーズ・チャンピオンシップ2008』で、最終18番ホールで劇的なバーデーを取って、チームを逆転優勝に導いたゴルフ場( King Fields Golf Club )でプレーできたのです。 天気もよく、メンバーにもめぐまれて、記念に残るゴルフになった。 今年初めてのプレーだから、スコアーは関係なく、芝生を歩き、周りの風景も楽しんだ。 まさに森林浴の気分で。

 ところで、18番ホールのピン奥2メーターからは、下りのパットになり、かなり速い。 遼君は、なんなくバーデーパットをしたように見えたが、とても難しい。 スピードが弱いと、カップ手前でわずかにフック(左に曲る)ラインとなる。 
 彼は、天性の才能ばかりでなく、不断の努力もしている好青年です ネ

ライオンズ


1/9(金)

 今年初めてのライオンズクラブ(LC)の例会があり、新年会および四名の会員の還暦の祝いもかねておこなわれた。 趣向を凝らした催しに楽しいひと時をすごした。 福島LCは、今年で発足40周年を迎えます。

 『ライオンズクラブ』の名称の由来は、動物のライオンによって表徴される意味において、アメリカのシカゴの実業家メルビン・ジョーンズによって付けられたものです。 1917年シカゴ市のラサール・ホテルで最初の集会が持たれ、1920年に名称を国際協会に改めて、世界各国に広まっています。 日本では、1952年に初めて東京に誕生し、北海道では、1956年に札幌にできたのがはじめてです。 
 LCのモットーは、We Serve (われわれは奉仕する)です。

 LCの新会計年度が始まる今年7月から、40周年記念行事を計画し、実施していく予定です。 忙しい一年になると思います ヨ

 

2009年1月7日水曜日

修行



1/7(水)

 朝 七草粥をいただく。  午後 そばの初打ちをする。

 「二八」の手打ちそばで打ったが、その「二八そば」の解釈については、江戸末期からいろいろ議論がされ、結論がでていないが、代価説配合率説に分かれるようです。 


 落語の演目に『時蕎麦』というのがありますが、明治時代に三代目 柳家小さんが演じていた時は、『二八そば』と題していたそうで、
     「いくらだい、 十六文、 銭は細かいよ。 一つ、二つ」と八つまで数え、
     「何時だい」 「九つで」、    間髪を入れずに「十、十一」と 続けて、
     まんまと 一文 少なくするのに成功した 
という噺です。 江戸時代のそば一杯の値段は だいたい十六文でした。

 代価説は、九九の「二八 十六」の洒落から、配合率説は、そば粉八割に小麦粉二割で打ったそばという配合から、それぞれ言われています。 ただ幕末にはインフレとともに、そばの値段も急騰して、慶応元年には二十文,翌二年には二十四文まで値上がりしているので、慶応年間を境にして、それ以前は代価説、以後は配合率説と解釈している人もいるようです。

 友人の I 君は、そば粉のみで打つ生粉打ち(きこうち)でやっている。 わたしも打ってみるが、どうも上手くいかない。 まだまだ修行が足りないということでしょう カ 

2009年1月6日火曜日

同級生




1/3(土)

 高校を卒業して40年になるが、久しぶりの同期会であった。

 見覚えある顔だが、名前が出てこない。 どうしたことか? 当時10クラスあった学年だから、まったく接点のない同級生もいますよね。 会が進むうちに、すっかりうちとけて方々で話に花が咲いて、当然アルコールの量も増えていった。 短い正月休みのひとときを、青春時代にタイムスリップして嬉しかった。

 当時、数学を教えていた S 先生も出席されていて “ わたしの母は今年98歳になり、そしてわたしも80歳になります。 諸君も健康に過ごしなさい!” と、 会の終わりの挨拶をされました。

 当然 S 先生もさそって二次会へと流れ、先生のハリのある美声(?)も聴かせていただいた。 ナットク

 

2009年1月5日月曜日

仕事はじめ



1/5(月)

 は平成21年の仕事始めでした。

 の正月の天候は誠に穏やかで、福島町内の道路にはまったく雪が積もってないので、車の運転はとってもしやすい。 たぶん道南地方では、だいたいどこも同じことでしょう。 
 子供のころは、民家の窓わく付近の高さまで雪が積もることが普通でした。 年々積雪量が減ってきているのは、やはり温暖化の影響でしょうか。

 はまた、通常国会の召集日です。 社会保障(医療、保健、福祉)問題も含めて、各方面に課題が山積みしているので、早急に良い方向への解決が望まれるところです。

 は “何とかいい年になればいいな” と念じながら、初打ち(ゴルフ)をした。 感触良好ナリ

2009年1月1日木曜日

初日の出





1/1(木)

 あけましておめでとうございます

 昨年の11月から始めた『オガクリ日』を、今年も書き続けたいと思います。

 今年の初日の出をTVで拝みました。

 全国で、いい初日の出が見られて、今年は良い年になりそうです ネ

 今年もよろしくお願いいたします。

 (富士山の初日の出はTVからの写真で、他は函館のホテルからみたものです)