2011年8月8日月曜日

あとの祭り

生きの良い朝イカ
刺身が旨い
私の大学の大先輩渡辺淳一先生が週刊誌『週間新潮』「あとの祭り」というエッセイを寄稿しています。 今週号で連載 358 と言いますから、もう随分長いこと掲載されていることになるんですね。 

今週のタイトルは「わたしが体験した戦後 和田心臓移植がおこなわれる」です。 日本初の心臓移植を行った和田先生とは、和田寿郎先生のことで、二年後わたしが入学することになる大学の胸部外科学の教授をしていました。 当時、高校3年生だった私は、テレビや新聞で連日報道される快挙のニュースに、ただ凄いことをしたんだな~というくらいの感想だったかも知れません。 そのニュースが、今の仕事を選ぶきっかけになったとも思いません。 ただ、とっても暑い夏だったことだけは記憶しています。

今週号の話は、これから書き進めるイントロのような文章で、「今や心臓移植を受けた宮崎信夫君の名は誰一人知らぬ者がなく、それとともに和田教授の名声は全国に知れ渡っていた。」という終わりかたをしています。 渡辺さんは、『ダブルハート』という小説を書いているし、その後の心臓移植についても意見を発信しているので、来週号からが気になるところです・・・。

そうそう、その心臓移植は、昭和43年(1986)の8月8日に行われました。 その年は、明治元年からちょうど100年が経っていました。 年の初めから、切ない事件が続いたという想いがあります。 東京オリンピックのマラソンで、アベベ選手と優勝争いをし、国立競技場まで2位で入ってきたものの大観衆が見守る中、後から走ってきた選手にトラックで抜かれてしまい3位の銅メダルになってしまった円谷選手の自殺報道などがあったからです。 

今日8月8日は、もう立秋です。 手紙の挨拶では「残暑見舞い」などとなります ヨ

【その年の主な出来事の抜粋をインターネットからコピーしておきます】
01/09 マラソンの円谷幸吉選手自殺.
01/17 佐世保で米原子力空母エンタープライズ寄港反対の抗議集会.(19日入港).
01/29 東大医学部で医師法改正に反対,無期限ストに突入(東大紛争の発端
02/06 第10回冬季オリンピック・グルノーブル大会.日本選手62人参加.
02/20 静岡県清水市で2人を射殺した金嬉老,寸又峡温泉の旅館に人質13人をとり龍城.24日
逮捕(金嬉老事件).
02/21 えびの地震,死者3人.
02/26 成田市役所前で空港反対の農民・学生,警官隊と衝突.
03/03 東京王子で米軍野戦病院反対の学生らデモ(18日開
04/14 日大の20億円使途不明金発覚(日大紛争の発端).
05/08 イタイイタイ病を公害病に認定
05/16 十勝沖地震,死者52人

05/27 日大生,全学共闘会議結成.
06/03 九州大学構内に米軍機墜落.4日学生・教授ら抗議デモ.
06/15 文化庁発足.
06/17 東大,当局に反対し安田講堂など占拠の医学部学生に対し,機動隊を導入.20日
全学部に紛争拡大

06/26 小笠原諸島,正式に日本復帰.
07/01 交通違反者にその場で罰金額記入した青キップを渡す「交通反則通告制度」スタート。
10.1交通違反点数制(ポイント・システム)もスタート.
07/01 郵便番号制スタート。当初の番号記載率は56%だったが、昭和63年には96%に達する.
07/07 第8回参議院議員選挙.
08/08 札幌医大教授・和田寿郎,日本初の心臓移植手術(83日後患者死亡)
08/18 岐阜県で観光バス2台,飛騨川に転落,死者・不明104人.
09/04 東京地裁,日大封鎖中の学生排除を執行.警官1人死亡.
09/26 政府,水俣病と阿賀野川水銀中毒を公害病に正式認定
10/13 第19回オリンピック・メキシコ大会.日本は215人参加.
10/17 厚生省,カネミ倉庫製米ぬか油中毒事件で販売停止通達(カネミ油症事件)
10/17 川端康成,ノーベル文学賞受賞.
10/21 国際反戦デー,全国600カ所で集会,デモ.反日共系学生,新宿駅占拠.22日騒乱罪適用.
10/25 最高裁,八海事件に無罪判決.
11/02 兵庫県有馬温泉の池之坊満月城で火災.30人死亡.
11/07 反日共系学生4300人,安保粉砕・沖縄闘争勝利を叫び首相官邸乱入.
12/10 3億円事件.東京府中市で白バイ警官に変装した男が現金輸送車を奪い逃走.
50年時効成立.
12/29 紛争中の東大・東教大,44年度の入試中止を決定