2011年3月21日月曜日

春分の日

先日の日記に「記念キャンドル」として紹介した埼玉の友人(T.F)から、ボランティアに行ってきた模様を書いたメールが届きましたので、コピペして載せます。 たぶん友人も了解してくれるものと思います。


さいたまアリーナに行ってきました。
大勢の皆さんが福島から避難してこられました。
私も初めてのボランテアでしたが、搬入と
ダンボールのつなぎ合わせをやってきました。
皆さん床には毛布1枚のため、床にしいてもらう
ためです。
一つの町が引っ越してくるというのは大変なことです。
バス40台です。何をどうしたらいいのか分かりません。
今はドームの周囲の通路に皆さんが休んでいます。
高齢者も多いです。ここにいるのは1週間が限度だと思います。
出来るだけ早く宿舎に移っていただく必要があります

福島県の双葉町の1200人の方々の避難です。 さいたまアリーナの使用期限は今月いっぱいのため、4月からは別なところを探さなくてならない。 町の5分の1の人口が避難移動したことになります。 

ところで、双葉町の双葉病院と言えば、初めて原発の爆発があった日に病院職員らがまったく見当たらずに、高齢者達だけが病院に残っていて被ばくしたと報道されたところだったと思うのですが・・・。  

爆発は、その後水素爆発であったことが分かり、情報もじょじょに報道されはじめてやっと落ち着きを取り戻した感じがしていました。 情報がない又は聞こえてこなければ、随分と不安なものです ネ