2009年6月10日水曜日

時の継承


6/10(水)
 「日本書紀」の天智天皇10年4月25日(新暦6月10日)の項に、「漏刻を新しき台に置く。始めて候時を打つ。鐘鼓を動す。」とあることから、今日の日は『時の記念日』と大正9年に制定されました。

 ところで、井沢元彦の『歴史不思議物語』によれば、『日本書紀』の編集担当責任者は、天武天皇(大海人皇子)の実の息子である舎人親王であるから、その記載は『壬申の乱』に勝った者(大海人皇子)の都合のいいように事実が歪曲されて書かれていると解説しています。 
 天智天皇は、はじめ次の皇位を大海人皇子に継がせようと考えていましたが、大友皇子という実の息子が生まれたため、気が変わり息子の大友皇子に皇位を継承させようとしました。 ですから、 天智天皇亡き後に当然起こった皇位継承問題が『壬申の乱』だったわけです。  弘文天皇として即位していたはずの大友皇子を“皇子”のままで争ったことにしなければ、後に天皇となる大海人皇子は“天皇”に弓を引いた逆賊とみなされるわけで、その点を『日本書紀』ではうまく記述・編集しているということです。
 何十年も経ってから、現政権(勝者)の息のかかった編者に 歴史 を書かせるから、事実が歪曲されることも十分ありうることなのでしょう。  古文書が一級品か否か問われるのです。

 時は正確に刻まれるが、事実は必ずしも正確には伝えられない ということでしょう ネ