2010年5月27日木曜日

熊谷草と敦盛草

5/27(木)


北海道では、今の時期写真のような「熊谷草」が平地でも咲いています。 

源平合戦が行われていた当時、馬に乗った武者は後ろからの弓矢攻撃を防ぐため、母衣(ほろ)という風船のようなものを背負って戦っていたが、その姿に似たような花を付けているので「熊谷草」と名付けられたようです。

白をベースに紫の模様が付いたようなクマガイソウに対して、赤紫色の花で白の模様がつけられた母衣状の花は「敦盛草」と呼ばれています。 


もちろん二つの花の由来は、「平家物語」の敦盛の最期の話にちなんでいるようです。  
神戸の「一の谷の合戦」で敗北した平家を追っていった源氏の武将、熊谷次郎直実は自分の息子と同じ年頃の平家の若武者の一人の首を討ち取らざるを得なくなって実行したが、その後若武者の霊を弔うために、出家してしまいます。 その若武者が、平清盛の弟経盛の末子で無官大夫といわれた敦盛です。 琵琶の音色が物悲しく奏でる「敦盛」のくだりです。 その時敦盛は満15歳です。

敦盛自身は、横笛の名手で、その時の戦場にも「青葉の笛」を所持しているくらいでした。 直実が沖に逃げようとする敦盛を呼び止めたところ、揉み合いになって馬から二人は落ちて、その時「名乗らずとも首を取って・・・」という名セリフがうまれ、後世の人々の感涙を誘っているのです。

クマガイソウとアツモリソウは、知ってか知らずか何事もなかったように美しく咲き誇っています。 人々はそこに何を見ているのでしょう カ