2010年3月24日水曜日

JR車内誌から

3/24(水)
 汽車の旅の愉しみは、駅弁のほかに車内に置かれてあるお気に入り雑誌のこともあります。  JR北海道の車内誌がそれで、連載エッセイ「人生の讃歌」は特に気に入って読んでいます。 


 今月は、「ある読者」という題名で、作者自身の小檜山博さんが30年以上も前に初めて出版した『出刃』という本が売れなきゃどうしようと困り果てているところから書き始めています。 本屋では隠れるようにして自分の本を買いあさり、一方で奥さんが質屋通いをし、見知らぬ家庭に本の行商をして回ったなどと、「売れている本」の仲間入りを期待する涙ぐましい努力もしたという話に続きます。

 次いで、20年近く前の札幌駅前通りの靴磨きの女性の話になります。 当時はまだ確かに靴磨きの人がいたと私も記憶してます。 3人並んでいる女性の靴磨きのうちの一人が、客のいない時に読んでいる本を小檜山さんが偶然見つけてしまいました。 『無縁塚』という純文学と言われる類の本で、小檜山さん自らの自伝小説本でした。

 彼が動悸を抑えながら、「こんな本よむんですか」と聞くと、「私はこの人の小説が大好きで、・・・近くの図書館から借りるんですが、どの本も5回は借りてます。 この人の小説を読むと死にたくなくなるんです」と答えたと言います。

 その言葉に絶句した小檜山さんは、彼女の名前(76歳)と自分の名を署名した「本」を手渡しました。 するといきなり彼女の眼から涙がほとばしり頬を伝い落ちたそうです。 自らの生い立ちから暗い半生を語ってくれた彼女に出会えてよかったと深く頭を下げ、小説を書いてきてよかったと思ったと結んでいます。

 当初わたしは列車の中で、小檜山さん夫婦のこっけいな「本」買いと行商する姿に共感し、また熱烈な愛読者がいることに感動して車内誌を持ちかえって来たわけで、その彼女が発した言葉「死にたくなくなるんです」についてはあまり深く考えていませんでした。

 ところが、3月23日の道新の「魚眼図」に乾淑子(東海大教授)さんが「芸術の力」と題して、この車内誌のことを書いています。 "靴磨きの彼女は、少なくとも借りた「本」の数だけ「死にたい」と思い、「死にたくなくなる」ために何度も借りた「本」を読んだんだろうと考えると・・・、小檜山さんをはじめとする芸術家は偉大であり、だからこそ芸術文化は必要なのです”と、乾先生は述べています。

 短い文章でも、読む人によっては見方・捉え方が大きく異なり、感動する言葉や内容にも大きな違いが生じることがあります。 読み手のアンテナのせいでしょう カ