「なご美会」池田龍夫 |
日本のがん医療の最高峰に立ち続けた医師も、多くの患者さんを看取った医師でも、身内のこととなると別なんだと自ら語った垣添先生は、泣くことの日々の中から、少しずつ少しずつ立ち直っていった。
先生が靴と洋服の組み合わせの趣味の良さを褒められた靴磨きのおじさんに「妻を紹介するから」と、生前に昭子さんが描きためていた絵画の遺作展へ招待する声がけができるまでに立ち直ったシーンは、これからも目的をもって人生を生きていく証でもあると思いました。
死別による大きな悲嘆の反応は、人さまざまであるが不眠や食欲不振という体調の不調から、事実の否認や記憶違いや物忘れなど認知症的精神状況に陥ることもある。 その期間も数か月から数年にも及ぶこともあるようです。
そうした悲しみをケアしてくれる「グリーフケア」という支援組織がある。 1960年代にアメリカで始まったと言われ、イギリスやドイツなどでも広く浸透しているそうです。 当事者(対象者)が事実を受け入れ、日々の生活・環境の変化に適応していく過程を支援してくれる活動です。
垣添先生は今後、がん予防とグリーフケアに情熱を注いでいかれる決意のようです。 先生が昭子さんと一緒にカヌーに乗ったことのある中禅寺湖を訪れ、晴々とした笑顔でドラマのエンディングを語っていたラストシーンは、人間の強さ・たくましさを表現してくれたものと思い安堵しました ヨ