2010年9月18日土曜日

福島町歴史講座

盛土遺構の竪穴住居
講師の遠藤先生
「館崎遺跡から見える縄文の世界Ⅱ」と題して、昨年に引き続いて遠藤香澄第一調査課長(北海道埋蔵文化財センター)の講演が町福祉センターで行われました。


講座での驚きは、「今回の発掘で解ったことは、ここ館崎遺跡は他に比べても画期的な、超一級の遺跡である」と遠藤課長が強調したことです。ここの遺跡は地面を削ったり、住居を掘るなどして繰り返し土を盛った(盛土[もりど])結果、帯状の土手になっているのが特徴で、盛土遺構と言われるものだそうです。 


縄文時代の前期後半から、中期前半にかけて、何故かかなり限られた狭い土地に、何世代にもわたって住居(竪穴住居)を立てていることが特徴ですということです。 


縄文前期~中期という年代は、5000年~4500年という気の遠くなるような年数を経ているわけで、何とも不思議な気持ちになります。 


出土品の説明を聞く参加者
この館崎遺跡は、青函トンネル工事を記念して造られた、メモリアルパーク近くにあり、わたしのクリニック(オガクリ)のすぐ傍です。 標高24m前後の海岸段丘の上にあって、同じ台地上東方数百mの位置には、「館崎」の由来となる道南十二館のひとつである「穏内舘(おんないだて)」があります。 




海峡の向こうの青森の縄文人(三内丸山)との交流もあったのでしょうか。 ロマンです ネ