2011年9月30日金曜日

奈良行き(3)

英五さんの絵ハガキ
郵便物が奈良から届きました。 春日大社にお参りしてお願いしたのが通じたのでしょうか? 

突然押し掛けて一方的に伝えたわたしの頼み事のために、忙しいお仕事の合間をぬって探してくださったと思うと感激です。

「円空に関する資料はあまりなく、アサヒグラフに記事がありましたので・・・、英五さんのスケッチもコピーしました・・・。」という奥さまからの絵葉書も添えられていました。 (右のハガキ)



送られてきた「アサヒグラフ」1981年5月号で、「放浪のフォークシンガー  河島英五みちのくを走る」と題した記事が載っています。 その年の4月に東京を出発した河島英五さんが北海道に渡るまでの東北をバイクツアーしている前半の様子を記事にしたものです。 愛車カワサキZ400FXに乗った英五さんが、八甲田山の雪がとけた町や村々を颯爽と駆け抜けて走っている。 行く先々でミニコンサートを開き、人と人との出会いを大切にしたと話す英五さんは、円空仏は素朴だから好きだとも語っている。 

「仏は下から見上げるとみんな笑っている なぜかな」と、飯も食わないで二百五十キロ走って恐山の十一面観音像をスケッチして来たと英五さんはいとも簡単に話す。 「描いてるうちにスーッと、とってもいい気持ちになった」と、コンサート開場でも円空仏のスケッチブックを開いて見せながら円空さんの魅力を語って歩いた。

“河島英五は、円空のように、素朴に素直に生きようとしている。 そのようにみえる。” と、アサヒグラフの記事担当の平池芳和さんは述べている。

円空さん、英五さん両者への想いは、人それぞれに違った感想があるでしょう。 二人とも一口では言い表せないおおきな魅力を持っているから ネ

2011年9月26日月曜日

奈良行き(2)

約束の4時半過ぎに「Cafe」の前に行くと、中から先ほどの店員が出てきて、奥さんが帰っていることを告げてくれた。 

5時開場のため、もう店の玄関前には数人の観客が待っているという状況でしたが、まもなく英五さんの奥さんが外に出てきてくれました。

小柄で笑顔の素敵なチャーミングな方で、初対面にもかかわらずにわたしの話(英五さんが円空仏に惹かれていった理由)を真剣に聞いてくれて、しかも気軽に写真の要望にも応じてくれました。 

さらに、開演間近にも関わらず2階に常設している「河島英五の展示コーナー」まで案内し、見てもいいと言ってくれました。 もうそんなことは今回もう出来ないだろうと諦めていただけに、感謝の気持ちでいっぱいです。 急いで数枚の写真を撮るのがせいぜいでしたが、とっても大満足です。

帰り際に「英五の書いたものか何か、参考になるようなものが見つかったら連絡します」と奥さんは言ってくれました。 「お願いします」とは答えたものの、はたしてどうなるだろうか? 新聞記者でも探せなかったが、本人のところには何らかのものが残っているだろうか?
2Fの展示コーナー

期待を半分以上込めて、もう一度訪れたいと願って「Cafe」を後にしました。 

どうか探し出してくださいと、翌日の真夏のような暑さの中、「春日大社」でもしっかりお願いしました ヨ 

絵手紙公募展

今月21日から28日までの日程で、函館駅2階の催し開場で、渡島桧山管内絵手紙愛好者による「絵手紙公募展」が行われています。 


とってもきれいな・優しい・気持ちが暖かくなる作品ばかりです。

まずは、どうぞ観に行って下さい。 今回のテーマは、ありがとう・感謝です。 いろんな物・事に感謝の気持ちを描いてます ヨ

2011年9月25日日曜日

奈良行き(1)

今年7月12日「オガクリ日記」に、円空さん(仏像)と河島英五さんのことを考察して講演することになった経緯と資料提供のお願いの内容のブログを載せました。 

講演当日は、町有形文化財の円空仏の拝観もできるとあって、吉野地区の人々も交えて聞きに来てくれましたし、その内容は新聞にも取り上げて頂きました。 

河島英五の奥さんが経営するカフェ
その中で、河島英五さんが「なぜ円空仏に惹かれていったのか?」という問と共に、「東北・北海道バイクツアー」を二月間かけて、約3000キロの行程を走った理由も知りたいと、当日会場で投げかけました。 1981年5月の朝日新聞夕刊に、函館のコンサートのあとに取材をうけた時の記事が載っていることが分かっているから、何とか探し出して欲しいと新聞社の記者にもお願いしました。 

しかし、その後も一向に情報が集まりません。 81年の頃の新聞記事の保存が無いのかもしれませんが・・・。



そんな折、「今月は連休をつかって旅行ができるかな?」 という日にちの余裕ができました。 開院記念日と合わせた大型(?)連休です。 暑い時期と台風の接近が心配される季節ですが、休日を利用できる時はほとんど無いので、一大決心をして念願の案件のための行動を実行しました。 もちろん、それ以外にも旅行するための正当な理由がありました。

英五の代表作
目指すは、奈良です。 出発日は天候は雨。 でも、関西は気温30度を越す真夏がまだ続いているという予報です。 半そでのシャツを何枚も用意して、函館から伊丹空港への飛行機へと乗り込みました。

やはり奈良は暑かった。 道南の7月頃の気候を思い浮かべてくれると、その厳しさが分かると思います。 奈良のダウンタウンはとっても道幅が狭く、大人3人くらい並んで歩くと道幅いっぱいになるほどなんです。 そんな道を車がすれ違う小路も随所にみられ、旅行者のレンタカー運転は、まず無理かなと想像してしまいます。 

だから、目指す「Ten.Ten.Cafe」も何度も何度も道を聞いてやっと探しあてたくらいです。  ひと息ついたと思ったのも、店の入り口に張り紙がしてあります。 「誠に勝手ながら、本日はライブのため、13時ラストオーダー、13時半閉店とします」というものです。 その時は、すでに4時近くになっていました。 

その時ばかりは頭が真っ白になりました。 ライブを聴く都合もつかないし、明日は他に用事もあって再び訪ねてくる余裕などありません。 内部からは、練習中の楽曲の演奏・歌声が聞こえてきます。 当たって砕けろの思いで、ドアをそっと開けてみました。 店員の一人が近づいてきたので、アポイントを取っていないが、“北海道から英五さんの奥さんに会いにきました”とだけ告げました。 
すると、奥さんは今ここに居ないが、4時半頃には戻ってきますとの返事です。 会ってくれるのかどうかも分からないが、その時間頃また訪ねてきますと言って別れました。 

なんだかとっても暑かったし、喉もすっかり乾いてしまい、近くの喫茶店に入って飲んだその時の水ほど美味しいと思ったことはありませんでした ネ 

2011年9月22日木曜日

1/3200の確率

今月の24日に人工衛星の機体の一部が落下し、地球上の誰かに当たる確率が1/3200だということです。 

米航空宇宙局(NASA)は22日、運用を終え地球に落下中の人工衛星「UARS」が日本時間24日午前1時~午後1時の間に大気圏に突入し、大部分は燃え尽きてしまうだろうが、26個の部品(重さ約500キロ)が地上に落ちるだろうと発表した。 

本当に誰かに当たったらどうしましょう!

だが、現実にはそんな心配は取り越し苦労だというのです。 日本政府は、予想時刻の約2時間前に落下場所などの想定が可能になるので、情報に気を付けていて欲しいとのことです。 

現在地球上を廻っている人工衛星がいくつくらいあるかは、はっきり分かりませんが、09年のまとめでは約3000個以上とも言われてましたから、相当な数なんですね。 その他、ロケットの機体などの宇宙ゴミもかなりの量があり、直径約10cm以上のものは地上のレーダーで監視されているそうですから安心だと思います。


さて、イギリスの寓話に“空が落ちてくる”と騒いで混乱を招いたため仲間のニワトリ達がキツネにまんまと喰われてしまうという「チキン・リトル」という話があるのを思い出しました。 ディズニー映画にもなったらしいが、観ていません。 

柵に囲まれた農場で平和に暮らしていたニワトリやアヒルたちのところへ、キツネ(フォクシーロクシー)がやってきました。 腹が空いているので、なんとしても御馳走を食べたい。 そこで、ひよこチキン・リトルに「空が落ちてくるから全速力で逃げなさい」と神の名を騙ってお告げをしました。 すっかり騙されたチキン・リトルは農場の中を「空が落ちてくる」と大騒ぎしながら駆け回った。 
だが、ニワトリのリーダーで冷静なコッキー・ロッキーは「空は絶対落ちてこない」と断言し、みんなを落ち着かせた。 作戦に失敗したフォクシーは、コッキーの嘘の噂を流したところ、噂にどんどん尾ひれがついて、ついにコッキーはみんなからの信頼を一気に失ってしまいました。

さらに悪いことに、フォクシーはチキンに「お前がリーダーになってみんなを救うのだ」と唆かしたから大変です。 ニワトリ達はコッキーではなく、ひよこの新リーダーのチキンを信じてしまい、どう対処したらいいかわからないままチキンは、フォクシーの「洞くつへ行け」という言葉をそっくりみんなに告げてしまいました。 柵に囲まれて、安全だった処から、大慌てで柵を突き破って洞くつへ逃げ込んだニワトリ達は・・・まんまとフォクシーの罠にはまってしまい食べられてしまいました。


冷静に考えれば“判断に苦労することは無い”と、あとではいくらでも言えるが、その場に直面した時はどうであろうか? リーダーとして悩むことは、どの分野でも多いものです ネ