2010年6月29日火曜日

がん予防町民対策会議



6/24(木)
昨日の午後、町の福祉センターで「H22年度がん予防町民対策会議」が行われ、講師のひとりとして参加してきました。

センターの小ホールの開場にいっぱいの町民、町の関係者の方々が出席され、約2時間半の会議の終了前に小学校4年生の花田瑞紀さんの「健康宣言」があって、会の幕を閉じました。 
(わたしの講演は「がん検診 受診率向上をめざして」と題して約30分行いました。)

オガクリ杯(3)







6/29(火)
ラウンドは、暑かったが適度な風が吹いてくれて、それほど辛くはなかったものの、スコアの方が出入りの激しいもんで、大汗をかきっぱなしです。 
それでも、全員ケガもなく熱中症にもかからずにハウスへ戻ってきてくれホットしました。 その後は、楽しい表彰式で、汗をかいた分それ以上に水分の補給を十二分にとりました。 運転しない方はビールを飲めるが、運転する人はノン・アルコールビールというものが普及したことで、乾杯の雰囲気もちょっとはでるものです。 

成績は、A組優勝は3年連続でN.Tさんが獲得しました。 ダブルペリア方式なので、トップの結果を連続して出すことは至難の技と思うのですが・・・。  とにかく、結果はすばらしいものです。 大きなカップに今年も名前が残ることになり、副賞の商品(なまもの)をゲットされました。 そう言えば、彼の奥さんに「毎年、副賞をおいしくいただいてますから・・・」という挨拶をされたことがあったが、今年は「いつもおなじ生ものばかりいただいてますが、いいんですか? 今年は口蹄疫病の心配はないかしら・・・」などという挨拶をもらうかもしれませんね。 本音はご主人が優勝ばっかりするからです、と言いたいんですよ。

B組の優勝者は、前に一度優勝したことのあるK.Tさんでした。 Bクラスで優勝するとAクラスとの入れ替えで、翌年はA組でのプレーになります。 しかし、Aクラスでプレーすると、今までの例では成績が芳しくありません。 やはりAクラスという意識がそうさせるのでしょうか・・・。

さて、オガクリ杯の表彰式は戦績発表の後、ラッキー賞の抽選となります。 その司会は、名人芸とも言える話術のM.Aさん(七飯町の日の出食品)の担当です。 昨年からS.Tさんという同じ七飯町に工場(寿フーズ)がある友人も加わり、漫談風の面白さも加味されて、時間の経過も忘れてしまいます。 ホントに ホント!

約一時間かかって愉快な表彰式はフィナーレを迎えました。 最後の景品はゴルフバックです。 ちょっと欲しかったバッグでしたが、61人の中から幸運にもS.Fさんがゲットしました。 これから練習に精進することでしょう。 それにしても、軽妙な二人の司会に喝采です。  ありがとう!

今年(第12回)の「オガクリ杯」は無事終了で、来年の再会を約し大沼国際C.Cを後にしたのは夕方の5時を大きく回ってました。  ゴルフ(芝生の上をゆっくり歩く運動として)って本当にいいもんです ヨネ

2010年6月28日月曜日

オガクリ杯(2)






6/28(月)
スタート前の挨拶風景。 みなさんまだリラックスしています。 今日はカートを利用してのラウンドとなります。 ボールの行方が心配だな~ なんて ネ
(つづく)

2010年6月27日日曜日

オガクリ杯(1)

6/27(月)
今日は天気に恵まれそうです。 暑い一日になりそうです。

夜の8時に、今日の「オガクリ杯」の結果を書き込んでいます。 今日は本当に良い天候となり、適度な風が幸いしてくれました。 9時30分スタートという時間帯のせいか、太陽がジリジリする中での開会挨拶となった。 順調にプレーは進み、ハーフの休憩時間帯で昼食をとり後半に備える選手と、前半の成績を自己判断してアルコールをお供にする選手など多彩な休憩タイムでした。 

後半のラウンドは前半と違って、クラブハウスの配慮があったのか待ち時間の無い順調な進行状況で、思ったより早く9ホールを回り終えることができました。 アウト・イン各8組数のコンペだったので、最終組が上がってきてから楽しみな表彰式が行われた。 

司会は、「やっこさん豆腐」で有名な日の出食品のMさんです。 毎回軽妙なお話で会を盛り上げてくれるため、参加者の中には彼の司会芸を楽しみに来ている人も居るくらいです。 (つづく)

■参照
「オガクリ杯」

2010年6月22日火曜日

会報第9号


6/22(火)

やっと出来上がりました。 第9号の会報『永』は、例年のように7人の会員の原稿に、昨年まで会員だった山下章さんと今年4月の例会に講演してくれました塩谷忍さんの特別投稿が加わり、22ページのものとなりました。

福島の街づくりに係わってきた小松さんの連載や、山下さんの旧国鉄松前線の懐かしい話など、町が編纂した「福島町史」には載っていないような話題から、少しでも福島町に関係した事を扱った内容なら、すべて記録保存という意味合いから掲載しています。 

ですから、川合正子さんの北朝鮮に拿捕された町内の船団の話は、一歩間違えばいわゆる拉致問題に発展しかねない内容の事件だったようで、背筋が凍るような思いをしました。 帰国できて本当に良かったという思いでいっぱいです。 そうした家族の方々が身近に住んでいるということも、歴史の証人を見ているわけで、これからも歴史の事実を書き留めていって欲しいと願います。 

公官庁の歴史書に載っていないような「民間の歴史」をまとめ保存し、後世に伝えていくために記録(会報)しておくことも、小さな事のようですが大切ではないだろうかと思って活動しています。 

新聞社が取材に来てくれたので、少しでも多くの方々に読んでいただき、ご意見(ここが間違っているとかでも何でも)をたくさん頂ければ、今後の私たちの活動のエネルギーになりますので宜しくお願いします ネ