2009年3月12日木曜日

恩師

3/8(日)


福島町歴史研究会の顧問 永田富智先生夫妻を招いた
永田先生を囲む会』を松前の旅館で催した。  

昨夜の悪天候も一転、抜けるような青空で温かな春の陽気です。  御夫妻に会うのは、数カ月ぶりですが、たいへんお元気に話もされたので、わたしも含め会員一同安堵いたしました。 

先生は昨年、ながらく体調を崩していたので、歴史研究会の例会の講師をできませんでした。 そのため、6回の例会を会員それぞれ分担して発表するという一年でした。  非常事態でした。

今年は、永田先生が4月に講座の講師をしてくれることになりました。  先生が快気されて本当によかった。  とてもうれしいです ネ
 
 (絵手紙は、福島 なご美会 会員の提供です  さん感謝!)

2009年3月6日金曜日

啓蟄


3/6(金)


 今年の冬は暖冬でした。 

 道南は雪の少ない地域ではありますが、それでもひと冬に何度か除雪車が出動します。  今年は、昨年よりちょっと多かったそうです。  


 雪解けも早いものと思われ、ゴルフ場のオープンも今月下旬になるそうです。  虫たちも、土から顔を出す日も近いのでしょう カ

円空さん


3/5(木)

 福島町には、平成2年に町の有形文化財に指定された『円空さん』があります。 北海道には現在40体以上の円空仏が存在するといわれています。

 福島町の吉野教会にあるものは、来迎(らいごう)観世音菩薩座像です。

 寛文6年(1666)、三十五歳の行脚僧(あんぎゃそう)円空は、放浪の行者であるがゆえに津軽藩弘前城下を追われ、蝦夷地の松前に渡りました。 蝦夷地での円空は、西蝦夷地の太田権現(現在の太田神社)から、東蝦夷地の善光寺(現在の有珠善光寺)まで作仏してまわったと言われています。  そのうちの一体が当町にあり、保存がいいのと作像の完成度がいいので、北海道を代表する円空仏とも言われています。 
 
 作家の立松和平さんは “円空は死を前にした人を救うために、来迎観音を彫ったのだと思える” と話しています。 

 菩薩は、悟りを求め、如来になるための修行をしている仏様のことで、観音菩薩勢至菩薩はともに阿弥陀如来の脇侍(きょうじ)です ヨ

  (写真は当町青函トンネル記念館にある円空仏のレプリカです)

2009年3月4日水曜日

往診


3/4(水)

 きょうは、定期の往診日でした。  午後から十数軒の患者宅を訪問し、容態の変化を家族に聞き、必要な処置を行い、一週間の様子を患者さんに尋ねます。 

 いつも待っていてくれるので、何かしらの変化をもとめて、二月から絵手紙の配達をしてみた。 受け取る時に、ニヤッと笑顔がみられたので、今日はどうかなと思い訪ねてみると、ちゃんと壁や見えるところに、貼っているではないか。  渡してよかったんだと、うれしくなりました。  感想を言ってくれるまで待ってみます。

 へたでいい が絵手紙の「こころ」と思っているので、ひとが なごんで くれればいいのです。 でも、少しは上手くなりたいですよ ネ
 

ひなまつり

3/3(火)

きょうは、ひな祭り。  桜餅を食べて、春まじかの印象です ネ

  (絵手紙は、熊谷さん作です)