2012年12月30日日曜日

年末となって

松前「向日葵の会」小野祥子さん
今年はどんな一年だったかと聞かれると何と答えるだろうか?

一年を漢字一文字で表すとと言えるでしょう。 

今年ほど多くの人との出会いをした年もなかった。 人を介して人を紹介され、さらにまた初めての人との出会いがあったかと思うと、今までご無沙汰していた人との思わずの邂逅などと目まぐるしいほどであり、そうしたことが今新しい事業へと発展している。

金毘羅さんのご利益でしょうか? 

くる年もいい年でありますように ネ

2012年12月28日金曜日

今年の師走は

今月も何かと大忙しで、すっかり「日記」の更新がご無沙汰になってしまった。 最近になって思うことは私はやっぱり三日坊主だったかという反省です・・・。

今月は、1日(土)は渡島医師会松前・木古内ブロック懇談会が松前町で行われた。 町立病院の院長が会の幹事を引き受けてくださり、懇談から研修会の講師の世話、さらには懇親のセットアップまでして頂いた。 参加人数も20名以上を数え、意見交換もできたため結構良い会となったと思う。 函館からの参加医師は帰りのバスの中でもアルコール片手に話し込んでいた。 ご苦労様でした。

松前「向日葵の会」川村祥子さん
5日(水)は福島商業高校「高校生のための出前健康講座」を行った。 今年初めての試みで、国のがん対策基本法の改正が行われたことに合わせて実施したもので3年生を対象に「がんと生活習慣」と題した話をした。 がんのなかでもピロリ菌が発症に強く関与している胃がんをとりあげ、ピロリ菌感染が必須ということだが環境因子(塩分やタバコなど)の生活習慣も深く関与していることを訴えた。 
それと同時に、ピロリ菌感染の有無を調べ、JGSGに参加して感染している生徒に除菌を行うことにした。 最近の日本の高校生の感染率は10%以下という統計だが、福島町の場合は2割を超えていたのでびっくりです。 現在、除菌の進行中です。

8日(土)は、「がんタウンミーティングイン福島」福島町福祉センターで行われた。 渡島振興局と渡島西部4町の主催で今年は福島町が当番町であった。 当日は猛吹雪だったにもかかわらず127名の参加者があり、わたしを含めたパネラー6人も熱く語りかけた講演会となった 。 

函館新聞の担当記者が取材に来られて、記事も書いてくれた。 感謝です。
その後、振興局の担当者からアンケート結果が送られてきたのを見ると、参加して話を聞いてよかったという肯定的な意見が大半を占めていたので苦労した甲斐があったと満足です。

先月末と今月にかけてはJGSGによる中学生と高校生のピロリ菌感染検査並びに除菌研究に大半の労力を費やした感がある。 

除菌が成功してくれればその苦労も報われるし、福島町の20年後・30年後は胃がん発症率が急速に低下しているだろうと確信できる ヨ


2012年11月4日日曜日

H24年の駅伝


このブログを書き始めたのは、2008年の「南北海道駅伝競走大会」が行なわれた日からですから、丁度4年の月日が経っていることになる。 福島町を会場に札幌や旭川など道内の遠くから参加してくるランナーチームが多く、毎年110~120ものチームが集まります。

今年は、第30回という節目の大会でもあり、前夜祭の交流会・講演会には谷川真理さんが来町され、本番の今日も6区間26.8Kmを快走してくれた。 アップダウンのあるコースで、いわゆるハーフマラソンよりも長い距離だから走り終わったあとの様子を見たかったが救護班のわたしは最後尾を追走していたので、残念だった。

朝方の雨もあがり、風は強く吹いていなかったのでまずまずのコンディションと言うことで、小春日和というところだろうか。

福島町のライオンズクラブは毎年恒例のちゃんこ鍋や肉まん・あんまんなどを提供し、今年も大勢の参加者、家族の皆さんに喜んで頂きました。 

今年の大会を記念して第8回から30回までのポスターを一挙公開してくれたので、載せることが出来ます。 南部忠平氏、君原健二選手、中山竹通選手、三浦雄一郎氏などスポーツ界の著名人が講演に来てくれていたんです。

駅伝シーズンを締めくくる道内での最後の大会ですから、本当にたくさんの参加者があって盛り上がる毎年なんです。


ただ残念なのは、4年前に6区間の最後尾を力走していた木古内町の介護施設の参加がなかったことです。 またチャレンジして欲しいです ネ




2012年10月18日木曜日

ある看取り

今週の月曜日と今日の二日間で、お二人の看取りをしました。 お二人とも朝の早い時間の旅立ちで、ひとりは百歳を超えており、もうひとりはご住職さまでした。

百歳を超えていらっしゃるKさんは、90歳を過ぎた頃から「わたしはどこにもいかね。 先生のところで逝きたい」と私によく言ってました。 腰が曲がってきてもゲートボール協会に入会していて、大会があるといっつも声がかかるとグチをこぼしていたが、その実はとっても嬉しかったようで、いつもニコニコした笑顔で話していたのを想い出します。

ほんとうに笑った時の顔は皺だらけですが、とても良い雰囲気をもっていた人でした。お通夜に集まったファミリーは70名に若干及ばない人数だと言いますから驚きです。 子どもだけでも10人ですから、何となく想像はできますが・・・。 

二年程前に、私の診察室のTVモニターの机のところに、ひ孫さんが夕刊新聞の写真の投稿欄に送ったという「笑顔の写真を置いておきましたから、見覚えのある患者さんもいるんではないでしょうか? 大往生でした ネ

2012年10月10日水曜日

オリンピックの日

48年前の今日は、東京オリンピック開会式が行われた日だったと思います。
私は、中学生になっていて、記憶では白黒のテレビ画面を学校で観たと想っている。 勘違いでなければだが・・・。

その記念日に合わせるように、今日は私にとっても”ある記念になる出来事”が行なわれた日でもあるんです。 

今日はまた私の父の月命日でもあった。 月日の経つのはとても速く、ベット上にいた7年間よりももっと月日が経ったと思う・・・。 

そう言えば、昨年の出来事で、いつかは判らないが父の運転免許証(バイク)が何かのゴミと一緒に海に流されたことがあり、それが海流に乗って青森の八戸の海で拾われ、八戸警察署を介して私の本家(福島町)に届けられるということがあった。 海流のせいと言えばそれまでだが自宅に届けられたということが何らかの不思議な力が働いた結果ではないかと深く感じてしまったものです。

永く在宅療養をさせた(?)のは、ひょっとして私のせいかしらと思う時もあり、医療とは?介護とは?何だと真剣に考えることもあった。 だから、いろんな意味でその経験を活かして貢献しなければならない分野の仕事があると考えるようにもなったという次第なんです ヨ