2011年11月28日月曜日

勝敗

「なご美会」熊谷正春
ゴルフ、相撲、サッカー、フィギュアスケート、そして選挙・・・など週末はとにかく色々なイベント・試合が行われました。  結果は、予期せぬこともあれば、予想通りのものもあった・・・。 勝敗を分けたポイントは何だったんでしょうか?

ゴルフ; 男子ゴルフは17番ホールだった。 共にトップを走っていた高山選手と宮里選手のティショットが明暗を分けた。 先に打った宮里のボールは、左に大きくフックしてラフに落ちた。 ボールは沈み込み、二打目が思いやられた。 案の定、グリーンの奥にこぼれて、ライの悪いラフに止まった。 もうだめです。 三打目も、アマチュアがするようなアプローチの失敗でピンをワンピン以上も外してしまった。 

高山がパーセーブしたのに対し、宮里はボギーをたたいてしまい万事休すです。 次の18番ホールは、余裕のある高山は二打オンのイーグルチャンスにつけた。 高山は、開幕戦に続く勝利を挙げることができました。 今回も最終組で回った宮里だったが、勝利の女神はまたも微笑まなかった。 

17番のティグランドに立った時の宮里は、その時何を思ってドライバーを振りぬいたのでしょうか?


相撲; 幕内の優勝は横綱が大方の予想通り千秋楽を待たずに決めてしまった。 地元新大関の誕生で盛り上がりを見せたものの、波乱はなかった。 それに反して、十両は必至な力士たちで大いに活気が見られた。 (いきおい)という新十両力士が初優勝です。 よくがんばったものだと感心します。 初日は九重部屋の千代桜との対戦で勝った。 中日までにやはり九重部屋の千代嵐と対戦し、勝っている。 

ところが、千代桜・千代嵐の二人とも、千秋楽を待たずに休場することになってしまったが、その理由が勢との一番で負傷した(?)ことらしいのです。 事実か否かは、これからはっきりするでしょうが、その勢に九重部屋の三人目として対戦して、同僚の苦敗の借りを返したのが千代の国でした。 

彼は9勝6敗の好成績で、ひょっとすると初場所は幕内力士も夢ではない結果になりましたが、序盤戦は1勝5敗の散々のスタートだったのです。 負け越しも覚悟した相撲内容だったが、何が彼を変えたのか来年の夏巡業で福島町へ来た時に聞いてみたいものです。 それにしても、タバコは止めた方がいいですよ!

サッカー; ロンドンオリンピックへの最終予選が国立競技場で日本とシリアの間で行われた。 後半、同点に追いつかれた日本が、比嘉選手のクロスボールをドンピシャのタイミングでゴールに走りこんだ大津選手のヘディングで何とか勝ち越し点をもぎ取った。 試合後のインタビューで大津選手は、「普段の練習でもやっていることだから」と話した。 彼は、召集された選手の中でたった一人の海外組のはずで、合同練習も多くはやっていないはずなんですが・・・。 今回の勝ち越しゴールは彼のスポーツセンスだったんでしょうか?

フィギュア選挙戦もきっと勝敗を分けたポイントがあったはずです。 それはまたの機会にです ネ

2011年11月25日金曜日

熊出現

「なご美会」熊谷正春
突然ですが、福島町にも「熊が出た」というニュースです。
昨日の午後4時頃と、午後7時半頃の二回、目撃情報があったと今朝の「函館新聞」に記事が出ています。 

館崎の青函トンネルの「メモリアルパーク」で、初めに目撃された。 その後は、海側の方から山へ向かって国道(228号)を横切るように歩いている体長1メートルくらいの熊が目撃された。 おそらく同一の熊だろうという話ですが、民家に近い所での出没なので心配です。

しかも、「メモリアルパーク」は、わたしの診療所(オガクリ)から見えるところにある場所ですから、通院患者さん達も不安なことだろうと思います。 町の方からも警戒を十分するようにとの話です。

気候の所為で山の幸が不足しているためだろうが、雪が降ってきたから、いつもならすでに冬眠していてもいい頃なんだが、冬眠も出来ずにそのあたりをウロウロしている熊にも同情してしまいます。 


道南でも最近はだんだん熊の冬眠が遅くなってきているのかも知れません。 
先日講演を聞いた「も~さん」(毛利剛)の話でも、12月8日に森町の鷲の木を出発して、鹿部ー南茅部ー函館という「箱館戦争」時の土方歳三隊の侵攻ルートを歩いた時に、12月だと言うのに峠の雪道の上にはウサギの足跡に混じって熊の足跡と糞を見つけたそうです。 幸い熊とは遭遇しなかったものの、ちょっと怖かった(?)そうです。

当町の「メモリアルパーク」の場所は、今から5000年程前には縄文人が暮らしていたところです。 今年の夏、日本で最大の岩偶が出土したことでも有名です。 縄文時代の彼らは、熊なら獲物として勇敢に闘い、食糧としていたのでしょう カ

2011年11月23日水曜日

勤労感謝の日

「なご美会」熊谷正春
昔は、「新嘗祭(にいなめさい)と言って、宮中祭祀のひとつで、天皇が五穀の新穀を食し、その年の収穫に感謝する祭でもあります。 太陽暦採用の明治6年(1873)から、1947年まで行われた祝祭日の行事で、その後は「国民の祝日」のひとつとして「勤労感謝の日」なりました。

五穀とは、昔(古代)と今とでは大分違うようですが、現代は米・麦・粟・豆・黍(きび)または稗(ひえ)を指すことが多いようです。 これら五つの穀をブレンドしたものを五穀米とよく言いますが、これはある商店が売りだして、登録商標されたものの呼び名なんです。 

今日は色んな意味で大切な一日でした ネ

2011年11月21日月曜日

道南医学会(H23)

今年度は、初の試みとして土曜日の午後2時からの開催となった「道南医学会」は64回目を迎えました。 函館市内のRホテルの3会場で72の演題が効率よく発表されました。 

中でも、北三原クリニックの岡田理事長が発表された『開業医が求める地域連携』という特別報告を大変興味深く聴きました。 地域のかかりつけ医が病院の専門医とIC(インターネット)を介して診療情報を共有するという試みは、広範囲の医療圏の道南地域にあっては今後運営次第によっては強力なシステムとなりうることでしょう。 患者さんのメリットも多いものと思われます。 
「なご美会」熊谷正春

実際に北三原クリニックでは、病院から退院する患者で在宅療養に移行する場合、必ず「退院前カンファレンス」を行って、患者・家族と共に両主治医、看護師、ケアマネなどスタッフみんなが顔を合わせるそうです。 そうすることによって、患者が在宅で療養していく心構えなども構築されていくようですし、家族も覚悟を決めるみたいです。 在宅医療は医療側も患者側もお互い大変なんです。

「オガクリ」も最近、『MedIka』を始めました。 函館市内には、他にGネット、Cネットなど各総合病院毎にICネット連携網を持っています。 『メディカ』は、道南100以上の医療機関が参加しているネットで、入退会が楽にできる(?)と言われてますが、使い勝手の良いシステムだと思います ヨ

2011年11月20日日曜日

蝦夷の旧道 ロマンの旅

道民カレッジ連携講座「ほっかいどう学」の学習成果実践講座in函館が、函館の亀田福祉センターで行われました。 たまたま新聞で見た記事を頼りにセンターへ行ってみました。 というのも発表の講師が、以前新聞で紹介されたことのある旅人「も~さん」(毛利剛)と分かったからです。

会場は定刻を過ぎてもまだ空席が目立つ状態で、実のところちょっと肩すかしという印象です。 が、講演が始まってみると、やや朴訥な話しぶりながら、対験に裏打ちされた自信にみちた話にすっかり魅了されてしまいました。

旅人「も~さん」毛利剛
会社をリタイアした後、自転車で日本一周の旅を経験し、その後箱館戦争で活躍した土方歳三に魅了され、彼の戦いの足跡を訪ねて歩く「ストーリーのある旅」を体験することになった経緯を詳しく話してくれました。 

2009年の12月5日に森町の鷲の木をスタートしたもう~さんは、箱館戦争の時の土方隊の行程250Kmを雪の寒波が押し寄せているなかを野宿して独歩した。 箱館戦争の時の「星恂太郎日記」を読み、実際の戦いの現場を想いうかべながら歩くことによって、歴史をより現実的に理解ができるんだという思いからです。 こうした旅で知ったことは、旅の楽しさはストーリーにある事だということです。

それにしても真冬の夜の野宿は、相当に辛いことだと思うのですが、それすらもストーリーのある旅の愉しみの方が優先するらしいんですね。 現在69才という年齢のわりに大変お元気です。 日頃から鍛えているからでしょうね。 これからもどしどし旅を楽しんでもらいたいです ネ

PS: 毛利さんによると、千軒の笹島さんが発見した千軒地区の知内川に架かる旧橋があり、そこに使われていた釘は、川汲の見張り場に架かっている橋に使われている釘と非常によく似ているそうです。 それが正しいとすると約150年前のものといえるそうです。)