2011年7月12日火曜日

東北・北海道バイクツアー

7月14日の講演会が2日後に迫ってきました。
河島英五に関する情報は、まだありません。  河島さんの「TEN.TEN.CAFE」にも、メールしたのですが、当方の真意が通じていないのか・・・。

そのメール文を載せます。

こんばんは 初めてご連絡いたします。
わたしは、北海道福島町に住んでおります小笠原と申します。
数年前から「円空仏」の魅力にとりつかれ、
少しずつ勉強している開業医です。

当町にも一体の円空仏(観世音菩薩)があり、有形文化財として
大切に保管されております。
調べていきますと、1981年に河島英五さんが、その円空仏のスケッチをし、
コンサートをするために福島町を訪れていたということが判りました。
とても驚いて、当時のことを周りの人に聞いたのですが、
はっきり記憶している人がおりません。 30年も前のことですから・・・

インターネットで、「東北・北海道バイクツアー」のことは
情報を得て、日程などもわかったのですが、なぜ河島さんが
円空仏に興味を持ち、3000キロに及ぶ「円空仏探訪ツアー」
行ったのか知りたくなりました。
当時の5月14日函館でコンサートを行った時、朝日新聞の夕刊に
『円空仏を語り、なごやかに』という記事が載ったそうです。
その記事の中で河島さんが理由を語っていると思うのですが
その新聞記事も手に入りません。

そんな中、町の歴史講座の講演会で「円空仏」をとり上げることになり
わたしが7月14日に話をすることになりました。 いつも思っている
円空仏と河島英五さんの関係なども話したいのですが、
情報が少なすぎると感じています。

でも幸いなことに先日、河島あみるさんのブログの「3月18日」の記事で
福島の円空仏のスケッチ写真をみることができ、感激しているところです。

何としても、もっと河島さんと円空のことを知りたくネットを見ていると
貴店のメールアドレスをみつけました。
「東北・北海道バイクツアー」当時の河島さんの情報や、円空仏に魅せられた
きっかけなど、どんなことでも教えて頂ければと思いメールしております。

たいへん厚かましい無理なお願いかとも思いますが、
ご連絡お待ちしております。    小笠原 拝


じっくり情報を待ちます ネ

2011年7月10日日曜日

なでしこジャパン(1)

今朝から大忙しの一日でした。

朝の5時台に目を覚ましてしまった。 昨夜のアルコールの残り具合は、左程でもないが、まだ眠りのなかの割りにTVのスィッチはしっかり入れていた。 

画面には、「0-0」の表示が浮かび上がっていた。 H22年の『FIFA女子ワールドカップ』ドイツ戦の日本対ドイツの一戦のLIVE放送です。 ドイツにも、日本にも点数が入っていないという意味です。
青いユニフォームの日本と、白いユニフォームのドイツとの戦いで、身長差があるにもかかわらず良くやっているな~という印象です。

90分の枠のなかでの決着が付かず、延長戦(前半・後半15分ハーフ)へと突入していった。
結果は、「1-0」で『なでしこジャパン』が、世界戦で初めてドイツに勝利した映像に立ち会えた。 まことにラッキーでした。 延長後半、主将澤選手から一本のパスが、右サイドから走り込んできた丸山選手に出た。 たぶんタイミング的には、ここしか無いと言うポイントにボールが蹴られ、そのボールを丸山選手は右足で力強くゴールネットめがけて蹴り込んだ。 待望の一点が入り、日本の劇的な勝利へと繋がった。

ベスト4進出の瞬間でした。 きっとこのチームなら最高の結果、最高の色のメダルを獲得してくれるんではないだろう カ

2011年7月9日土曜日

臨時総会

「なご美会」熊谷正春
今日の「臨時総会」は、H22年度の渡島医師会の収支決算の報告がメインの総会です。 現在の会員数は125名で、道内の郡市医師会の中でも会員数の多いほうです。 決算は会員の皆様に承認していただき、無事終了となりました。

続く特別講演は、東京医科大学の老年学科の准教授桜井博文先生によります「認知症の治療と診断」という演題のものでした。 東京新宿区にある大学で、もの忘れ外来など幅広く患者さんを診ている先生は、数多くのことを教えてくださいました。 なかでも3つのことを特に記憶しました。

認知症の早期発見・早期対応の連携システムを地域で構築したことに感心し、生活習慣病が認知症を促進することは知っていたが、特に糖尿病の患者は高率に認知症になるというショッキングな最新データに驚き、そして3つ目は早期発見のためのスクリーニングテストを教えていただいたことです。

わたしたちの外来診療で、かかりつけ医としてすぐ役立つスクリーニングテストは、きっと明日からの診療にもおおいに役立つものと確信しています。 本当に良い話を聞けたものだと桜井先生には感謝しています ヨ

2011年7月3日日曜日

NHKスペシャル

「向日葵の会」
今日は、毎月一回行う「日曜当番」の日です。
今はインフルエンザなどの流行時期でもないので、急患と言っても「昨日イヌにかじられた」とか、「手に棘を刺した」などという患者さんで、何日も前から具合が悪かったという人も、日曜日で病院に来れる時間ができたので来院したという患者もいます。 仕事優先のため、少々からだの具合が悪くっても我慢しているようです・・・。 

ですから午前中に患者さんが集中することが多いので、午後からは時間的に余裕ができます。 いつもは、溜まっている書類を書きあげたり、カルテの病名付けをして過ごすのですが、今日は「NHKスペシャル」を視ることができました。 『恐竜絶滅 ほ乳類の戦い』というタイトルです。 昨年の放送で、今日は再放送でした。   

わたしたち哺乳類の祖先は、2億5000万年前にすでに地球上にいたが、からだはネズミのような小さなものでした。 その当時は、恐竜が地球上で繁栄していた時代で、およそ1億5000万年続いていたそうです。 日中は巨大恐竜が我がもの顔に闊歩しているので、小さな哺乳類は生き延びるためには夜間に活動し、食べものも何でも食べれるようなからだの構造になっていた。 

さらに1億2500万年前頃に『胎盤の獲得』という進化を哺乳類はしました。 繁殖革命ということです。

そうした大変大きな進化をした哺乳類にとって、天地がひっくりかえるような出来事が6500万年前に起きました。 10キロにもおよぶ巨大隕石がメキシコのユカタン半島近くの海に落下したのです。 高さ300メートルに及ぶ大津波、延々と続く森林の大火災、その後におきた急激な環境変化などのため、あらゆる生物は死に、勿論繁栄をきわめていた恐竜も例外なくほとんど死に絶えた。 

ところが、子孫を残す方法で都合の良いような“進化”を遂げていた『哺乳類』『鳥類』は、奇跡的に生き延びたものもいたのです。 哺乳類は胎盤を獲得していたし、鳥類は抱卵という習慣を獲得していて、卵から雛を孵し、雛が自分で餌を獲れるまで親鳥が育ててきました。 爬虫類は、卵は産みっぱなしで、後は知らぬ存ぜぬです。 海ガメがそうです。

胎盤にしても、抱卵にしても「親と子」の強い繋がり(命の絆)があれば、最悪の環境にあっても生き延びられるという証しということです。 

今日のスペシャルのタイトルの『哺乳類の戦い』という表現は、わたしたちのなかにある遺伝子DNAは、“子孫を残す”という一点で、進化してきているという意味にも採れるように思えます。 しかも、何百万年という気の遠くなるような年月の単位で・・・ネ

2011年7月2日土曜日

函館港開港

「なご美会」熊谷正春
1859年の7月1日は、旧暦では安政6年6月2日に相当する。
この日は、函館港が横浜・長崎とともに日本初の貿易港として開港した日であり、それを記念して今日は「函館港開港記念日」となっている。


長い鎖国政策を続けてきた江戸幕府も、ぺりー黒船来航以来、外国へ門戸を開かねばならない空気に陥っていたわけで、まったく先の見えない社会情勢でした。


黒船は、嘉永6年(1853)と7年に来航し、日米和親条約を結ばされた。 安政の大獄は1858年に起きている。 吉田松陰らの命が散った。 それを受けて安政7年(1860)桜田門外の変で井伊直弼が惨殺された。 開国をめぐってさまざまな人たちが、さまざまな主義主張で混乱極まりない時代でした。 


そんな中での函館・横浜・長崎港の開港であったから、その地域の人々の心情はいかばかりだったかと思い巡らします ネ




1853――――-嘉永6 黒船来航
1854――――-嘉永7、安政1 黒船来航、日米和親条約
1855――――――――安政2 安政の大地震
1856――――――――安政3 遠山金四郎没
1857――――――――安政4
1858――――――――安政5 安政の大獄
1859――――――――安政6 横浜開港
1860――――――――安政7、万延1 桜田門外の変